■ジャンル
アクティブロールプレイングゲーム
■対応機種
NEC PC8801SR(5"2HDx2) 標準価格7,800円
NEC PC9801(3.5"2HDx1) 標準価格7,800円
NEC PC9801(5"2HDx1) 標準価格7,800円
SHARP X1(5"2HDx1) 標準価格7,800円
MSX(RAM16K以上/4M ROM)標準価格7,800円
MSX2(VRAM128K以上/4M ROM)標準価格7,800円
SHARP X68000(5"2HDx2) 標準価格7,200円 (タケル販売)

■発売元
1987,1988,1989,1991 T&E SOFT

■ストーリー

悪夢のようなエビルクリスタルが砕け散って以来、人々は怪物に襲われる心配もなくなり、平和に暮らしていました。人々は街を広げ、生活を豊かにしていきました。その間に攻撃的な魔法の呪文は、その必要を失い、人々の記憶から忘れられていきました。反面、生活に役立つような魔法の呪文は、人々の生活そのものの中に溶け込んでいったのです。

この地、フェアリーランドは人間と妖精とが共存する美しい世界でした。しかし、人々の生活が豊かになるにつれて、妖精たちの姿はだんだんと見られなくなってしまいました。そう、まるで人間だけの世界のようになってしまったのです。

そんなある夜、地響きとともに巨大な火柱が立ち昇りました。そして、何事もなかったように、その夜は過ぎていったのですが……。

翌日、フェアリーランドに不思議なとびらが出現していました。このとびらは、中を通った人をどこか遠くへ飛ばしてしまうのです。それ以外にも、フェアリーランドに地割れが出現するなど、天変地異が起こるはずのないこの地では、絶対に考えられなかったような事態が次々と起こり始めました。

これを重くみた修道僧たちは、原因の究明を一人の若者に命じたのです。自らの世界を守るため冒険に旅立つ若者。それがあなたなのです。


■ゲームについて

ハイドライドシリーズ第3弾は、見た目、内容共にグレードアップ。PC88版に於いてはサウンドボードIIに対応(といってもパンにしか使用されていないようだ)。日本橋界隈でも店頭デモに大型のスピーカを繋いだデモを至る所でみた記憶がある。

また、日本語は当然として英語表示も可能なグローバルな対応は未だに考えても凄いことだ。英語表示にすれば会話、エンディングの内容全てが英語で表記される。ただ、基本的に日本語でプレイするため記憶に残っている人も少ないと思われるが。

更に驚いたのはPC88版。画面をスクロールする毎にディスクアクセスしていたのを見たときには本当に驚いた。音楽を鳴らしながらディスクアクセスできるという部分にも感動したが。その裏にはメモリ不足の問題も絡んでいたらしい。話によると本当に大変だったようだ。割と広いマップに細かい地形パターンはメモリを食いそうだと思う。しかしながら、そういう苦労話、裏話があると一層ゲームが楽しくなる。

当時のパソコンゲームの考え方に於いて、まず年齢層という形で分けた場合に、ファミコンと比べて上になる傾向があり、つまり「ややこしい」「難しい」といったものが認められるといった部分が多く見受けられた。その一つがこのハイドライド3にも大きく受け継がれている。コンシューマに移植されもしたが、こういうゲームがコンシューマを遊ぶ世代に受ける気がしない。受けたのはパソコンゲームに憧れつつもお金がなくてコンシューマで楽しんでいた方々だけではないだろうか?

まず、一つは時間の概念。これに大きく関与する食事、睡眠。この2つを定期的に行わないと攻撃の命中率が下がったりライフが下がったりする。つまり朝起きれば、まず食事の買い出しに始まり、夜には宿代を稼いで就寝というライフサイクルが義務づけられるのである。しかも就寝時にセーブという方式を基本的に用いているため、宿泊代が稼げない場合は寝不足空腹のまま、稼ぎに出るということもしばしば。

そして、重さのパラメータ。キャラクターには予め持てる重さの定義があり、レベルアップにより持てる重さが上がるものの、初期の段階では敵を倒して稼いだお金を持ちすぎても、最後には身動きが取れなくなり、なくなくお金を捨てなくてはならなかったりする。(そのために両替機というアイテムがある)。また、お金をせっせと稼いで強い武器を買うと、これまた重さのパラメータに引っかかり、店を出た瞬間から移動すらできないという事態に見舞われる。

いろいろなパラメータが存在するが、この2点を押さえないとゲーム自体を進めることができない。この2点により出ては戻りという生活パターンができあがるわけだが、ゲームでコレを行うことは面倒だと考える人も相当いたわけで、受けなかった人も多いようだ。

次に必要なのが、敵の種類の善悪の見極め。善の敵は攻撃してこない。しかし、善の敵を攻撃すると反撃は当然喰らうし、倒すと精神力が下がる。気付かない間に善のモンスターを倒し過ぎて精神力がボロボロになってラストの場面でゲームが進行しなくなったりする。ファルコムのゲームが採用していたのを辞めたのに対して、ハイドライドシリーズは色濃くしている部分でイースシリーズでより簡単、より優しくに進んだ部分と反するゲームになってしまった。できる限りルールを複雑化、リアルにすることによりデザイナーは受けると考えていたのは間違いなく、確かに受ける部分ではあったのだが、万人受けという部分では疑問が残る結果となった。

また、いままでのハイドライドシリーズは平原などでじっとしていてばライフが回復したが、このシリーズからはその概念が無くなった。つまり、薬草、食料を食した場合に回復するということで、アイテムを持ち、かつ重さを計算しながら旅に出ることになる。

この生活感溢れるゲームこそロールプレイングという意味に近づいた感じがするのは私だけであろうか。このゲームはまさにパソコンならではのリアルさを追求した成長させるゲーム。ただし、経験値稼ぎに徹しないといけない部分もあり、この部分だけは納得できなかった。前半はまだ楽しみながら行えるが、中盤以降は朝起きて経験値を稼いで宿屋への繰り返しで、次へ進みたくてもレベルが足りなくて延々と繰り返した記憶がある。


世界観に関しても独特なものがある。副題の「The Space Memories」は「異次元の思い出」と訳しており、まさに異次元づくしである。目の前に広がる全てが不自然という冒険とはこうあるべきであるが、非現実的すぎたのがウケが悪かった理由かもしれない。前述のストーリー展開で述べられる鏡に突っ込めば遠くへ飛ばされるし、割れ目から身を投じてみると、いきなり宇宙空間で窒息死。平原の果てに広がる塔は200階建て。その先にある天空の街。その他、数々の度肝を抜かれる展開が待っている。また、スクロール方法が端まで行けば1画面を一気にスクロールする方式を用いているので、スクロールするたびにその先に待ちかまえる展開にドキドキしたものだ。そんな中、目の前に城が出てきたときは驚きと共に感動した記憶がある。

同時期に出たイースとは違いマイナー路線を進んだハイドライド3の理由はキャラクターの性格の無さだろうか。あくまで冒険に徹し、人々の生活に干渉することもなく裏で調査し続けるわけで、ヒーロー的な部分が一切ないのである。また、ストーリーという部分がほとんどなく、流れるままに謎を解いて突き進むゲームである。最後のエンディングを見て全てを理解するまでは、評価してはいけない気さえする。

エンディングで語る妖精の最後の一言

「言ったでしょ?不思議が当然フェアリーランドってね。」

に物語の全てが集約されていると思うのは私だけだろうか。


音楽に関してであるが、これまた異次元的である。普通メロディやベースの2つを奏でるのはPC88のようなFM音源搭載機であればFM音源を使うのが当然であるが、基本的にSSGを用いている。その意外性と、独創性は今聞いても色褪せない。SSGというと、どうしてもチープさ、ゲームっぽさを象徴する音になってしまうが、敢えてそれに挑戦しているようにさえ感じる。また、曲調もまさにBGMという感じで、その場その場の雰囲気をきっちり表している曲に仕上がっている。平原、街、店、塔、洞窟。それぞれが曲を聞くだけでイメージできる。ややコテコテのような曲もあるが、意外に忘れ去られているがゲームミュージックとはこうあるべきなのだ。

SSGをメインに用いた利点としては独創性意外にも利点がある。MSX等のPSGの機種への移植の際にそれ程違和感が無いことである。PSGによるメロディ、ベース、ディチューンをかけたPSGリズムのタム、この3音がハイドライド3の大きな特徴なので、移植の際にも殆ど違和感が無かった。むしろPC88版のハイドライド3は純粋なアレンジ版とさえ感じた。というか、FM音源がコードの一部として流れるせいでおかしく感じる部分さえあるほどだ。例えば、オープニングのメインに入る前のジャーン!という部分のブラス音は強調されすぎて音を外しているようにしか聞こえない。宇宙空間の最後の部分もそうだ。

後に出たX1版はFM音源のみで構成されていたが、逆にこの仕上がりには閉口であった。スーパーレイドックの時にも感じたが冨田氏はSSGを使って貰わないと色が出ないということだ。FM音源のみで音色さえも完全にリニューアルした様は聞いていて、ジョークかと思った。

なお、PC9801版とX68000版(タケル販売)はスペシャルバージョンになっており、オープニングがリアルなグラフィックによりストーリーが展開される。また、ショップの販売員の顔が表示されたり、海底面が増えたり、ザコとボスが増えたりといった感じ。

PC88等のオープニングは映像と音楽の流れとが重なっているのが良好であったが、PC98版はパラパラとグラフィックと説明文が表示されるだけ。味気ない。

また、一番いただけないのはエンディングの最後の一言、

「言ったでしょ?不思議が当然フェアリーランドってね。」

が、

「言ったでしょ?不思議が当然ってね。」

と変更されている部分。言葉遣い一言でもイメージが変わる。

色々あるが、全てにおいて蛇足に感じるのは私だけだろうか?