このコラムでは、『同級生2』と『ポスタードリーム』のWin-Winな関係を述べていく。『同級生2』のポスターがなければ『ポスタードリーム』の大人気はなかっただろうし、『ポスタードリーム』がなければ『同級生2』も数多くのエロゲーの中の1本としてすぐ忘れ去られただろう。もし、オリジナルであるPC-98版の『同級生2』をご存知でないならば、記事を掲載しているので参照のこと。
コラム:ポスタードリームと同級生2
「ポスタードリーム」誕生には、忘れてはならない先駆けがある。
1994年11月に登場した「美少女戦士セーラームーンS・スーパーメイクアップ!」。これは「セーラームーン」のキャラクターを使った専用ポスターベンダー。
高さ165cmのキャビネット。ルーレット式としてキャラクターのB2ポスターを払い出す専用機が大当たりし、バンプレストではポスター系プライズの需要が一気に立ち上がった。
だがキャラごとに専用機を作るのでは間に合わない。そこで「パネル交換で何にでも対応できる汎用機」として開発されたのが、「ポスタードリーム」なのだ。
1995年、Windows 95が発売された頃あたりから大阪日本橋で『同級生・同級生2』のポスターを背中に挿す男をよく見かけるようになった。当時のでんでんタウンを知る人なら記憶の片隅に残っているのではないだろうか?
1995年9月、バンプレストがアミューズメント施設向けに「ポスタードリーム」(開発時仮称「ラッキー・ポスター」)を『ガンダムW』で展開を開始。1995年10月には「第2弾」と銘打ち『同級生・同級生2』(全9種)をラインナップに加えた(発売元はアートプレスト)。ここで情勢は大きく変わった。ポスターを求めて行列ができたという逸話も残るほどの大ヒットを記録したのだ。
「ポスタードリーム」はLEDの数字を揃えるタイプのゲーム機(1クレジット3プレイ)で、結果に応じてポスターが払い出されるプライズマシン(OP価格298,000円)。パネルを交換することにより収録コンテンツを変更できる仕様であった。『同級生・同級生2』の人気は凄まじく、1996年2月には「パート2」、1997年2月には「パート3」まで投入されている(1996年7月にはシークレットの透明ポスターも投入)。
当時はオタクと呼ばれる人はリュックを背負っていた。それがなぜだかは分からないが大阪の日本橋5丁目付近(でんでんタウン)には多数いたのを目撃している。そんな方々が「ポスタードリーム」で手に入れたポスターをリュックに斜めに挿して歩く姿が、まるでビームサーベルのように見えることから、私のコミュニティー内では「ガンダム」と呼ばれていた(「バンプレスト・キャラプライズ大鑑」では「弁慶」と呼ばれていたと記されている)。
これもまだ『同級生2』が家庭用ゲーム機へ移植される前の話で、パソコンゲーム自体がマニア向けのまだローカルな存在だった時代のこと。それでも、その人気を肌で感じられる、当時ならではの光景だった。また、こうしてエロゲーのキャラクターがごく普通に街中の景色に見られるようになったことは、一つの時代の変化だったのかもしれない。
なお、ポスタードリームだけではなくバンプレストからはCANCAN CLUBでは『あっけらかん 同級生2』(1995年12月)、ガチャ王からアクセサリー(1996年4月、8月、1997年2月)、コンビニキャッチャーにはぬいぐるみなど『同級生2』の多彩なグッズがアミューズメント施設で展開されたこともここに記しておきたい。
『同級生・同級生2』の反響の凄さとして、1995年11月のコインジャーナルでは「同級生ポスタードリームロケテスト結果 史上最高1日155,000円」と1面を使って広告を打っている。JAMMAショーでも実際に長蛇の列ができている写真が掲載されている。
● 1995年9月 『ガンダムW』(全8種)
● 1995年10月 『同級生・同級生2』(全9種)
● 1996年1月 『美少女戦士セーラームーンスーパーズ』
● 1996年2月 『同級生・同級生2 パート2』(全10種)
● 1996年5月 『ときめきメモリアル』、『爆走兄弟レッツ&ゴー』(全5種)
● 1996年6月 『任天堂キャラ』
● 1996年7月 『美少女戦士セーラームーンセーラースターズ』、『同級生・同級生2 透明ポスター』(シークレット用)
● 1996年8月 『K-1 FIGHTERS』
● 1996年11月 『卒業』(全7種)、『地獄先生ぬ~べ~』
● 1996年12月 『ルパン三世』、『るろうに剣心』
● 1997年1月 『ノエル』、『ファイナルファンタジーⅦ』
● 1997年2月 『同級生・同級生2 DX』(全8種)、『逮捕しちゃうぞ』
● 1997年5月 『センチメンタルグラフティ』
● 1997年6月 『ポケットモンスター』
● 1997年8月 『下級生』
● 1997年11月 『ポケットモンスター パート2』(全5種)
● 1997年12月 『スーパーロボット大戦』、『センチメンタルグラフティ』(ポスターコレクション))
● 1998年3月 『マリーのアトリエ』(全8種)
● 1998年4月 『スーパーロボット大戦』(ポスターコレクション)、『機動戦士ガンダム 1年戦争編』(全6種)
● 1998年5月 『スーパーロボット大戦 パート2』(全7種)
● 1998年7月 『センチメンタルジャーニー』、『ポケットモンスター パート4』(全6種)
● 1998年9月 『ポケットモンスター パート5』(全6種内1種ビッグサイズ蓄光ポスター)
● 1998年10月 『リフレインラブ』(全5種)
● 1998年11月 『カードキャプターさくら』(全6種)
● 1998年12月 『ポケットモンスター ポスター&タペストリー』(全6種内1種タペストリータイプ)(以降続く)
この後も他のタイトルが続いていく。短期間にこれだけの種類が発売されていたというのを知っている人もあまりいないのではないだろうか。導入するポスターの選択は各施設の判断による。そのためインカムの期待できるポスターを施設担当者が選択するのだが、ポスタードリームといえば『同級生2』と答える人が多いのはその人気の証拠とも言えるだろう。
なお、バンプレストの公式リスト及び広告には掲載されていないが、セガが製造していた「エヴァンゲリオン」のポスターもベンダーされている記録がWebページ上に残されている。その貴重な写真が残っているサイトは「有限おとーまん」(https://www2.biglobe.ne.jp/~tell)。サイト内にある「ポスタードリーム考察」(https://www2.biglobe.ne.jp/~tell/keihin/posterd/posterd.html)だ。
セガの「ポスター工場」や「ポスターヒーローズ」でベンダーされていたものと同じポスターであるが、セガからバンプレストへOEM供給されていた様子が伺える(パネル供給はどうしていたのかは謎が残る)。